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今年最後の発表

こんにちは、井関です。

from NAGASAKIというスタディーグループに私の大学時代の友人がいまして、
その友人になにか根管治療をテーマに何か話をしてくれないかとオファーを頂きまして、 今年最後の発表をしてきました。

その発表は、下川先生という北九州のレジェンドドクターの講演がメインでした。

下川先生は、74歳というお歳ながらいまだ現役で全国的にも有名で、九州の歯科の レベルを上げるのに多大なる貢献をしてきた先生です。

そんな下川先生の後に私が話すというなんともハードルを上げられた状態での発表でしたが、 下川先生や、聴講にいらっしゃってた先生方に多くのお褒めの言葉を頂けたので良かったです。

今年は色々な所で発表の機会を頂きまして、自分としても大変勉強になった年でした。

来年も頑張っていきたいと思っております。

こんな感じで発表してきました。
今回も蝶ネクタイです。

集合写真です。

懇親会で下川先生と写真を撮って頂きました。

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SJCDで発表

こんにちは、井関です。

今回は、先日院長と共に発表をした話をさせて頂きます。

SJCDという日本でもっとも会員数の多いスタディーグループがありまして、
今年から学会になり日本臨床歯科医学会という名前に変更になりました。
院長も私もそこの会員であります。

数ヶ月前に知り合いの先生から、
「井関、SJCDで発表してみなよ」
と言われ、やってみるか!と思いやることに。

7年前にSJCDの会員になった時には、発表している先生が凄すぎて何を喋っているのかも よく解らないくらいで、その頃はそんな舞台に自分が立つとは想像すらできませんでした。

発表の準備では、院長や他の医院の先生たちに多くの指導を受け、自分では気づかない点、 至らない点をたくさん指摘され、その度に修正をしての繰り返しで大変でした。
発表してみるなんて言わなければ良かったと何度も思いましたが、 (終わってみればの話ですが、)これが一番勉強になりましたね。

ちなみに私を含め3人の先生は、ケースプレゼンテーションといって一人の患者さんの 初診から最後治療が終わるまでの話(発表)をしたわけですが、
院長はもう何度もケースプレゼンテーションは経験していて、今回は基調講演として インプラント治療のレクチャーをしました。

私は、会場に来ている先生たちに見て頂いて意見を聞いたり、指導を仰ぐ立場で、
院長は、会場に来ている先生たちに教える立場なので、
同じ会場で喋っていても立ち位置が全く違うのです。

さて、私の発表はというと、自分ではそれほど緊張しているとは思わなかったのですが、 やはり少し緊張してたみたいで、何回も同じ言葉を言い間違えてしまいました。
それでも、自分の言いたいことはすべて言えたかなとやりきった感はありました。
良い経験をさせて頂きましたので、次回またどこかで発表の機会があったら、
今回のことを活かせるようにしたいものです。

発表が始まりました、やや緊張の面持ちですが数分で緊張は無くなりました。

このような会場で発表をしました。

院長は落ち着き払って講演していました。
さすがです、講演慣れしてます。

演者4人で記念撮影、やはり院長が一番貫禄がありますね。
院長と共に蝶ネクタイ!

本院、大井町医院からスタッフもたくさん応援に来てくれました、有難うございます。

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大喰いスタッフ現る!

こんにちは、井関です。

先日、非常に忙しい日がありました。
すると診療後に院長が、「今日は大変だったから、これでみんなでご飯食べてきな」
と、ポケットマネーを出してくれました。

衛生士の追榮(おいえ)さんが、
「私、行きたいところがあります!すっごく美味しいんですよ!」
と言い、その言葉につられ皆で行くことに。

医院から歩いて10分ほどのところにあるカジュアルイタリアン、私は初めて来ました。

席に案内され、まずは飲み物を頼もうかとしてると、
追榮さんと衛生士の小池さんは二人でメニューを見続け、
「これすっごく美味しいんですよ、あ、こっちも美味しそう、サイズはMじゃなくてLがいいよねー!」とテンションMAX!

全然、飲み物のメニューなど見ようともしない。
私は早くビールが飲みたいのにー。

飲み物が到着。
サラダや前菜をとりあえず頼むかと思ったら、それ以外に
最初からパスタのLサイズを2種類、ピザのLサイズを2種類、そしてリゾットまで。

私みたいな酒飲みは順番に少しずつ頼んで、食べながら飲むみますが、
彼女たちは、目に入ったものをかたっぱしから考えられないような量のファーストオーダー
ビックリです!
そして食べる食べる。すごい勢いで料理が消えて行く。
皆んな細身なのによく食べるわーーー

そして追榮さんは、パスタをおかずにパスタ食べてました(笑)

楽しいひと時を過ごすことができました、院長先生ありがとうございました。

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大阪遠征

こんにちは、井関です。

先日、大阪まで遠征に行き発表をしてきましたので、その報告をさせていただきます。

私は、いくつかの学会やスタディーグループに所属しているのですが、
今回はJARDという私が以前働いていた医院の先生達で発足したスタディーグループの 代表としてOREという会で発表することになりました。

日本全国にスタディーグループというものがたくさんあるのですが、
これら全国のスタディーグループが年に一回、一堂に会し発表し合うというのがOREなのです。
今まで、小さい会では発表をする機会を頂いていたのですが、今回は全国から集まってくる 歯科医師、およそ200人の前での発表でした。
こんな大人数の前での発表はしたことないので気合を入れてプレゼンを作って行きました。

しかし、緊張をしてしまうのだろうか?うまくしゃべれるのだろうか?
自分の発表は評価されるのだろうか?
鋭い質問が来て慌てふためいてしまうのだろうか?

と、様々な不安が1週間前あたりから頭をよぎります。

OREは土日二日間で行われ、私は日曜の2番目の発表でしたので、前日の土曜日に大阪入りをしました。
土曜の先生方の発表が終わると懇親会が開かれ、そこで色々な先生と交流を図るのですが、 パンフレットにウケデンタルの井関と書いてあることから、何人かの先生に、
「初めまして〇〇です、宇毛先生には日頃からお世話になっております。」
と声をかけていただきました。
さすが院長、全国区だ!
しかし、その後のセリフが、
「明日、発表ですよね、楽しみに聞かせていただきます」
プレッシャーーーーー!
ハードル上げないでーーーーー!

その後、JARDのメンバーと二次会に移ったのですが、
そこで、わるーい先輩が、
「井関、もう飲んじゃえ飲んじゃえ!」と煽るのです。当然、
「明日発表ですから、今日は控えめで」というのですが、
テキーラが次々と運ばれ一気飲みさせられました。

発表当日の朝、体調不良は否めません。

しかし、これが良かったのか悪かったのか、全く緊張しないで発表できてしまったのです。
時間内に発表が終われるかが一番不安だったのですが、それも時間通りきっちりと出来て、 予定していた発表内容を一つも飛ばすことなく言いたいことを全て話すことが出来ました。

著名な先生の話も聞けたし、新たに知り合いになれた先生もでき、有意義な二日間でした。

こんなサティフィケートも頂きました。

最後に集合写真。
実際はもっとたくさんの人がいました。
私はどこにいるかわかりますか?

偶然にもですが、この日院長も公演だったのです。
私は大阪でしたが、院長は故郷、北海道。

そして、これまた偶然なのですが、
7月1日は私と院長が同じ会で発表なのです。
これについては、後日また報告をしたいと思います。

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初体験

こんにちは、井関です。
夏休みはいかがおすごしでしたか?

今回、私は初の体験をしてきました。
神輿を担いだのです。

今回参加させていただいた祭りは、江戸三大祭りの一つ

「深川八幡祭り(富岡八幡宮例祭)」

3年に一度は例大祭となり、神輿が53基も出て永代通りを人が埋め尽くす壮大な光景が広がる祭りです。
この祭りは、沿道の観衆から神輿や担ぎ手に水がかけられる「水掛け祭り」とも言われています。

ちなみに江戸三大祭りは、
「神輿深川、山車神田、だだっ広いは山王様」
と言われ、不思議なことに浅草の三社祭は入ってないのです。
浅草の人には、きっと深川じゃなくて三社祭が江戸三大祭りだと言われそうですが、通常三社祭は江戸三大祭りに入ってません。

基本的に祭り好きなので、神輿を見るだけでテンションがあがります。
しかし、よく言うように「見るとやるは雲泥の差」でした。

今までは、沿道で見ていただけですが、実際に神輿を担ぐとその熱気、一体感は素晴らしい経験でした。

わっしょいの掛け声とともに神輿を担ぐのはとにかく楽しい!!!

沿道を埋め尽くす観衆からかけられる水が心地よく、「さーせ、さーせ」という掛け声とともに神輿を頭上に持ち上げた時に起こる拍手が気持ちいいのです!

最大の見せ場は、永代橋に入る前にとんでもない大放水の中を通り、永代橋で神輿をさし続ける(頭上に掲げ続ける)ところで、何とも言えない高揚感、達成感に包まれました。
今年もたくさんテレビで放映されたみたいです。

最後、神輿を下ろした後に三本締めが行われた時には、感動で目頭が熱くなりました。
神輿楽しいです、是非機会があれば皆さんもやってみてください。

さてこうやって、書いているとひたすら楽しいだけに思えますが、終わった直後の疲労は半端ないです。
今回2日間にわたり神輿について歩いたり担いだりを繰り返したわけですが、その歩行距離25キロ!
肩の痛みはもちろんの事、今までに経験したことのないような足腰の痛みが一気に襲ってきました。

本当に色々な意味で「見るとやるは雲泥の差」でした。

でも、楽しさがはるかに上回ったので、来年も担ぐと思います。

この年になると、なかなか新しいものに手を出すのは腰が引けてしまうのですが、これを機に仕事でも新しい分野にチャレンジしてみようと思いました。

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結婚式での再会

こんにちは、井関です。

先日、久しぶりに結婚式に行きました。
この歳になると、もう結婚式に呼ばれることはそんなに無くなったんですが、今回は大学時代のサッカー部の後輩の結婚式に呼ばれました。

歯科業界にいれば当然のことですが、新郎新婦共に歯科医であると参列者は歯科医ばっかりです。
後輩は矯正医なのですが、そこにウケデンタルオフィスと提携している矯正医の先生も参列していました。

あれ?なんで大学も違うのに関係があるのだろうと挨拶に行くと以前一緒にとある医院で働いてたとのこと。ほー、そういう関係なんだ、やはりこの世界は狭いなと思いました。
しかし、さらにこの世界は狭いと感じた事がありました。

後輩と、提携している先生の以前働いていた歯科医院がなんと!なんと!
私が、中学、高校と矯正をしてもらった先生の所なんです。

もうビックリでした。
当然、私が矯正をして頂いた先生も参列されてました。

私が歯科大学に入った時、同級生の7割くらいが歯科医の二世、三世でした。
私の家は歯科医の家系ではありませんので、こんなにも歯医者の子供だらけなのかとビックリしました。

では、なぜ私が歯科医になろうかと思ったのか?
それはこの私の矯正の先生の影響が非常に大きかったのです。

私は、普通にサラリーマンになることは向いてないなとは子供の頃から漠然と思ってました。

そこで矯正を受けたことによって、こんなに凄い事が歯医者さんは出来るんだ、よし!自分もこんな歯医者さんになって自分と同じように困った人たちを助けたいと思い歯科大学を目指し歯科医になりました。

当然、矯正の先生は私のことなど覚えていませんが、私は先生の影響で歯科医を目指しましたと言ったら、今はどこで矯正をやってるの?と質問をされましたが、
残念ながら、矯正はご存知のようにやってなく根管治療に没頭しておりますと話しますと、 思った以上に先生に喜んでいただけました。

私の人生の分岐点であった先生に、20数年ぶり会えたのです。
なんとも言えない感動でした。

後輩よ、結婚おめでとう!そしてこんな素敵な再会をありがとう!

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慰安旅行 in 石垣島

こんにちは、井関です。

先日、院長先生に本院、大井町医院総勢9名で慰安旅行に連れて行っていただきました。
今回は、歯の話は一切なく存分に楽しんだという話をさせていただきます。

行った場所は石垣島です。竹富島、小浜島にも船で行きました。2月は天気が悪いらしくなかなか晴れる日も少ないと聞いていたのですが、現地の人もびっくりするくらいの好天気で素晴らしい景色&海を大満喫!美味しい物もたくさん食べました。
改めて、院長先生に感謝です!楽しかったー!

では、ご覧下さい!


玉取崎展望台からの風景、絶景です


全員集合、石黒先生寝てます、私は目が細いだけです
院長見た目怖いです(笑)


石垣島で有名な「なかよし食堂」で八重山そば、旨し!


受付の原さんが、具志堅銅像とどうしても
一緒に撮りたいということで。
何故、確定申告のタスキが巻かれてるのかは謎


竹富島でクロちゃん(水牛)に乗って
島を案内してもらいました


美しい海、西表島をバックにキレイどころ集合


石垣の超予約困難店、やまもとで焼肉を満喫


奇跡の島と呼ばれるバラス島に上陸、素晴らしい景色
我ながら良い写真が撮れました


私、完全に一人おっさんで引率者です


年甲斐もなくはしゃいでしまいました


これから潜ります、もじもじ君3人組


2月なのに全然海は冷たくもなく、クマノミも見れました

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札幌旅行

こんにちは、井関です。

 

先日、院長先生に院内旅行で札幌に連れて行ってもらいました。

やはり、北海道は東京とは違い湿度が低いので、雨が多少降ってもジメジメせずさらっとした

快適な気候でいいですね。

 

行く前は、旅行中全て雨の予報でしたが、「もいわ山」に登った時は、きれいに晴れました。

ちょっと風が強かったので、スタッフの女の子たちの表情があれですが、

どうですか?この眺め!札幌の街が一望できる大パノラマを満喫!

 

 

そして、やはり北海道と言えば「食」

院長先生は、北海道出身なので、札幌のお店をよく知っていました。

まずは、お寿司。やはり鮮度が違います、東京では見られない食材もあったりしました。

一品ごとに、みんな「おいしーい」「なにこの美味しさ」「口の中でとけるー」を連呼。

おなか一杯でもう無理!と言いながら、誰かが頼むと「私も」「こっちにもお願いします」

スタッフの女の子の食べっぷりに院長先生はかなりびっくりしてましたね(笑)

また札幌発祥である「スープカレー」

私初めてだったのですが、かなり美味しいです。ルーも美味しいんですが、中にごろごろ

入っている野菜がほんと甘くて美味しい。

その他、ラーメンも食べましたし、飲食三昧の楽しい旅行でした。

院長先生、ありがとうございました。

 

 

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ウォーキングブリーチ法

こんにちは、井関です。

今回は、「ウォーキングブリーチ法」という歯の漂白についてお話ししたいと思います。

よく世間でいう漂白やホワイトニングは、歯の表面に薬剤を塗り光を当てて白くしたり、 トレーと言われるマウスピースの中に薬剤を入れて一日数時間歯にはめて白くしたりします。

これらは薬剤によって外側から白くさせる方法ですが、今回お話しするのは、歯の中から白くするという方法です。

ウォーキングブリーチ法の適用症は、

「神経を抜いている歯」

に限定されます。

神経を抜いている歯は、だんだん黒ずんできたり、色が濃くなってきますが、 こういった歯の中に薬剤を入れて漂白をします。

“歩いている間に歯が白くなっていく” ということでウォーキングブリーチという名がつけられました。

ウォーキングブリーチ法の歴史は古く、1963年から行われています。

術式としては、図に示すように、歯の舌側(内側)から穴をあけ、そこにホワイトニング剤を入れ、セメントもしくは樹脂でふたをします。

治療時間は30分程です。そして、1週間~2週間後にホワイトニング剤を交換します。

これをだいたい3回ほど繰り返し、舌側(内側)から樹脂を詰めて終了です。

歯をほとんど削ることはないですし、痛みも感じることはありません。 もちろん麻酔も必要ありません。

ただし前提として、根管治療がしっかりと出来ていることが重要となります。

症状によっては、ウォーキングブリーチ法によって効果が出ない場合もあります。 また、治療後若干の白さの後戻りはあります。

いかがでしょうか?

かなり白くなっていることが分かると思います。

治療費は、2万円程です。(症状によって若干治療費は変わります) 詳しくは、担当医にご相談ください。

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ハブラシの起源

こんにちは、井関です。

先日、学生時代のバイト友達にこんなことを言われました。

「ハブラシっていつからあるの?人はいつから歯って磨いてるの?」

???知らない。歯医者としてさらっと答えられたらかっこ良かったのですが、全く知りませんでした。 ということで調べてみました。

なんと!紀元前5千年のバビロニア人は、麻の繊維を指に巻き、歯の清掃をしていたらしいです。 そうして歯磨きは、バビロニア人からギリシア人へ受け継がれていき、ギリシア人は、さらに口をすすいで歯ぐきにマッサージを施すことを考案したと言われています。

日本には、538年に仏教とともに歯木というものが伝わり、歯木の先1cm位を石で叩いたり、歯で噛み砕いたりしてボサボサにし、それを良く噛んで僧は仏前に礼拝する前に身を清めるために歯を磨いたそうです。これが、日本での歯磨き習慣の始まりです。 医学的な見地からでなく、信仰とともに始まったんですね。

現在の形になったのは1498年で(ちゃんとこんな正確なデータがあるのにびっくりです!)、中国の皇帝が世界初の歯ブラシを使い始めました。この歯ブラシは、骨や竹の台に、豚の固い毛をかまぼこ形に植え付けたもので、歯の衛生はこのときから向上し始めたのです。

一方、江戸の庶民は房楊枝と歯磨き粉とを使用し、歯磨きを行なうことが日常習慣となっていました。房楊枝とは、小枝の先端を煮て叩き、針ですいて木の繊維を柔らかい房状にしたもので、当時の浅草寺には200軒もの房楊枝屋が並ぶほどの繁盛ぶりだったみたいです。

その後、1903年に小林富次郎商店(現在のライオン)が「萬歳歯刷子」を発売しました。 ライオンさん凄いです。

ちなみにナイロンで作った毛先が出来たのは1938年のアメリカです、ちょうどこの頃、中国で内戦や日本との戦争が起こり、東アジアの豚の毛が手に入りにくくなっていて開発されたのです。

調べてみると、なかなか興味深かったです。 昔っから、人は、歯磨きをした方が良いってことを本能的に分かっていたのですね。

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